Que sera, sera*

09-« 2017-10- /  12345678910111213141516171819202122232425262728293031»11-
BLOGTOP » CATEGORY … *家族*

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

父の一周忌

 

今日は、亡父の一周忌法要で午前中
旦那と一緒に母ん家へ出かけました。



この一年、ものすごく早かったです。


旦那は、私と結婚して何回も父の散髪をしに
実家へ来てくれてました。


父は、いつも嬉しそうで散髪をしてもらった
翌日だけは、デイサービスへ行くのを楽しみにしていました。



職員さん達が必ず散髪したての頭を褒めてくれるからです。



父の嬉しそうな顔を今でも思い出します。

最後の方は、座っていることすら体が痛かったと
思います。

jiji02.jpg

それでも、散髪してもらえるのが嬉しくて
後ろ髪を切りやすいように・・・と思っていたのか
こうしていつも少し下を向いてじっとしていました。


旦那の優しさがきっときっと父には伝わっていて
嬉しかったんだと思います。


幸せだったね、じーじ。
ありがとうね。





スポンサーサイト

ありがとう、さようなら。

o0150010411491704100.gif

最近、ほんとに涙もろくて困ってます(´;ω;`) 


2012.06.20

母が、家を出ました。←家出とかじゃなくw


半世紀も前に両親がこの土地を買って
旋盤職人だったおじいさんが「プラモデル屋」をしていた。

そこで私が生まれ、おじいさん、父、母、姉の5人家族が
住んでいた。


幼稚園の頃、階段の上から下まで転げ落ちた時
母が慌てて飛んできて、私を1階でキャッチして一命を取り留めた事もあった。


家蜘蛛が天井に卵を産んでいた。
ある夜、私がぼーっとテレビを見ていたら目の前に
行く筋もの糸が、一斉にサーーーーーっと降ってきた。

あら、きれい・・・o0020002011978143437.gif


なんて思っていたら、それがいくつもの蜘蛛が孵化して
天井から降りて来て、大パニックになったこともあったな。

o0060002011987819159_20120622182112.gif



今から20年前に改築もして、両親と姉夫婦が同居してた家。
 
色んなことがあった家。


そんな実家を、もう手放すことになりました。



母は、今日から姉と一緒に暮らすことになりました。
だから、母も喜んでるしみんな安心しています。

仕事で引っ越し当日の手伝いには、行けなかった私。


その日の夜にちょっと用事があって、主のいない実家へ寄って来ました。


几帳面な母らしく、玄関からすべて綺麗に掃き出され
階段やローカもピカピカで


母が20年立ち続けた台所も
ステンレスの流し台は、いつも通り
ピカピカに磨かれてありました。

!cid_01@120621_122639@______F05C@docomo_ne.jpg 
誰もいなくなった家中を眺めていたら
なんだか、少し寂しくなりました。o0020002011739916212.gif

でも、新しい一歩の始まりだから
悲しくはないんです。


お疲れ様。


20年間、ありがとう。


そういう気持ちで一杯です。



そして、私たち家族が育ってきたこの土地とも
もう少しでお別れです。




ありがとう。
さようならo0020002011639181833.gif

 




納骨です。

今日は、父の納骨に京都 大谷本廟さんへ出かけました。
親鸞聖人の聖地です。

page_20120605184320.jpg 



めがね橋から池を覗くと蓮の葉が・・・
もうすぐ蓮の花も咲くみたいです。
img_242859_63533104_1.jpg


永代供養をお願いして来ました。

時間と共に、ゆっくりと父との別れが本当なんだな・・・って
実感しますね。



お骨を託すとき、またみんなで来るからね。
そう言ってお別れして来ました。




せっかく京都まで来たんだもん^-^*
納骨のご供養が終わったら、母と姉とで祇園へ繰り出しました♪

DSC06881.jpg 

京都は、ほんと久しぶりで・・・・


はんなりした風景に、癒されます。

lrg_17045740.jpg 



丁度、お昼になってたので祇園のフレンチレストランで
ランチにしました♪


img_floor_guide_03.jpg 
Cara Ragazza さんです。

建物は、石造りの洋館で大正13年(1924 年)に銀行として建造された
国登録有形文化財だそうです。


img_floor_guide_01.jpg 

とっても美味しいイタリアンのランチを食べながら

こんな楽しみもあるならお参りに来るのが、楽しみになるね(´ー`*)(´ー`*)
今度、いつ来るー?? (笑)


なーんて、楽しそうに話す姿を父が見てたら
きっと笑ってるだろうなぁ♡(。→ˇ艸←)


楽しいことが大好きな父だったから。


これが一番の供養なのかな。




*追伸*

せっかく頂いたのに、コメントが反映されていない
みたいなことが、最近ありました。
ここに反映されていなくても、メールでお知らせが
届くはずなので、大丈夫だとは思いますが
もし、反映されてなかったらゴメンナサイねm(_ _*m)


 


遺族年金の手続き

t00880123_0088012310969757896.jpg

先日、母と遺族年金の手続きに
「年金事務局」へ出かけた。


父親を亡くすと、ほんっっっっとに手続きが色々あって
むっちゃやらなアカンこと、ありますねー (゚Д゚≡゚Д゚)

父は、昭和5年生まれの享年82才でした。

事務局へ年金手帳と必要な書類を揃えて持っていくと
窓口で係りの方が、コンピューターでカタカタカタカタカ・・・と
何やらお調べ中。


そしておもむろに顔を上げ、母に
「ご主人、昭和21年頃どっか勤めてはりませんでしたか?」
と聞かれる。

母は、突然の質問に戸惑った。


母が父と結婚したのは、昭和33年。
結婚前のことなんで、聞いたような・・・聞いてないような・・・・

それでも、何とか思い出しつつ

確認が取れた。



どうやら、母と結婚する以前にも別の仕事に就いていた
形跡が残っているらしく、その分も遡って
未払いとして受け取ることが出来るそう。


昭和21年だなんて、戦後すぐのことで
それでも、その当時の記録って残っているもんなんですね。



私たちは、思いもよらない申し出に
ほんとにビックリしました。

その手続きに、どっぷり約2時間かかり疲れ果てた
母と二人で、帰りにランチを頂きました。


lc.jpg 

イタリアンのランチセットで、世界のトマトを
パフェグラスに入れた、とてもカラフルなサラダの前菜。
見てるだけでも、癒されますぅ~(p゚∀゚q)

そして本日のメインのパスタは「鱧」のペペロニチーノ。
「鱧」が苦手で食べれない私が、それをオーダーしたので
母が「あんたハモ嫌いやん、食べれるん??」と聞かれて

「ハモ」が「鴨」に聞こえて、それにしてしまった!!
もう、それでええわ~と言って、ハモはほとんど母に
食べてもらった( ;∀;)

どんだけ疲れとったんでしょうね(笑)

まだまだ、生前の父の残務が残っています。
片付けながら、また父に思いを馳せて
ぼちぼち、みんなで片付けて行かないとね。





 

亡き父へ

今日も朝晩、父の小さな遺影に
大好きだったコーヒーを供えて
手を合わせる。

遺影の父の笑顔につられて
こちらまで「ニッコリ♪」笑顔になりつつ

おはよう♪いつもありがとね。
ただいま♪今日もありがとね。
って自然と声に出る。


親のありがたみって、ほんと亡くなって初めて
身にしみるものなんですね。


悲しみとか寂しさとか・・・・ありがたいことに
あまりなくて。

そう思わせてくれるのは、やっぱり亡くなる前夜に
父に会いに行けたからかな。


あの日、雨が降ってなかったら・・・
あの日、仕事に電車で行ってなかったら・・・・
あの日、母の体調があそこまで悪くなかったら・・・
あの日、信号が赤じゃなかったら・・・・


ほんとに、不思議なほどの偶然が重なって
父に引き寄せられた・・・・と思う。


姉と私は、今後の父の介護について話し合うはずだった

日常からずっと、付きっ切りでお世話をした訳じゃないのに
あの日に限って、母の体調が限界だったため
私が父の夕飯に付き添った。

ベッドから起きるのもやっとだった父を、母が懸命に起こし
交代した。

父の夕ご飯は、お粥さん。
それも、震える手でスプーンに少しすくって
一口・・・。一休みしてまた、一口・・・。


途中で何度か「陽子、背中・・・さすってんか」と言われて
二度、三度とさすると「ぁぁ・・・もうええ。ようなった」と言う。


背中くらいなんぼでもさするのに・・・。


次は「陽子、テレビの音聞こえへんからもっと大きして」


はいはい。・・・と、テレビのボリュームは
十分な大きさだったので、これ以上上げれないと思い
「はいはい、これで聞こえる?」
と言って、2ボリュームをダウンすると

「ぁぁ、それでええ。よう聞こえる」って言う。


認知症の人の要求は、否定してはいけない。
うんうん。そうなんや~。そうか~。とオウム返ししてあげると
とっても安心するそうです。



父も、自分の要求が通った(…と思い込ませる)ことに
満足している。

食後のデザートは、父の大好きなイチゴ。
母が練乳をかけてくれている。


「イチゴ、食べる?」

「ぁあ。食べるで」と一粒を、10分ほどかけて食べた。


「ちょっと横にならして」と言うので、肩を貸して
椅子から横のベッドへ移らせて、横になる。


そのとき、私の肩に置いた父の手の強さを感じたときに
まさか、翌日に亡くなるなんて思いもしなかった。



ただ一つ、後悔していることがあるとすれば
生きている間に、ありがとうって言っておきたかった。

色んなことがあったけど・・・

あなたの子供で幸せでしたよ。




父の耳に届くまで、毎日朝晩「ありがとう」を
言い続けるね。








優しさに感謝です。

父の葬儀告別式と、重なってしまいましたが・・・。
実は、3/20は結婚記念日でして♥

毎年、旦那チャンは忘れずお花を贈ってくれるんです(p゚∀゚q)
今年のお花は「真っ赤なハート」のBOXで届きました♥

IMGP6328.jpg 
ありがたいです(*´∀人)

優しい人に恵まれて、私は本当に幸せです。
私が笑うことで、父もきっと安心していて
くれると信じて・・・・今日も笑顔でいさせてもらってます^-^*

 


o0196013511773314913.gif

私信。

t00850073_0085007310751770049.jpg

3月18日 午前07:05。

かねてより母が、自宅介護する中
82歳にて、父が急逝致しました。


ここに、生前より父の経緯を度々日記に記していたので
私事ではありますが、謹んでご報告させて頂きます。

この間ご心配を頂き、気にかけて頂いたお友達。
メールやお電話を下さった方々に
心より御礼申し上げます。


大病を患い後、7年に渡り認知症と共に
母に甘え、母に頼り、母に支えられて天命を全うできた父。

最後は、父の希望通り自宅にて
母に看取られ終末を迎えられたことは
とても幸せだったと思います。

しばらく父に会っていなかった私ですが、偶然にも
亡くなる前夜
仕事帰りに実家へ立ち寄り、父の夕飯に付き添い
少しのお粥と、お茶、苺と口に入れ
ベッドに横たわるまで傍らに居させてもらえました。

短い時間ではありましたが、父と会話もできたのが
最後となりました。 


 
jiji002aa.jpg
『*安心立命』母のことを支えてやってや。

*意 味: 天命に身を任せて心を動かさず、煩悶もないこと。
生死や利害に惑わされずに超然として
いかなる場合にも心が落ち着いていること。


姉に託した父の最後の言葉。
母の体調を慮る、とてもステキな言葉でした。


まだ実感のない私ですが
少しずつ受け入れて行けれればと思います。
 
o0240032011856992536_20120321143422.gif










 私事な長文にお付き合い下さり
ありがとうございます。

父との会話(追記あり)

  kako-cdabHGZ10Md1eOyG.jpg

一昨日の夜、また息が苦しいと父が救急車で搬送。

今日、いろんな検査結果がでるということで
お休みだった旦那チャンに母と一緒に
病院まで送迎してもらって行って来た。

検査の結果「細菌性肺炎」
2週間の入院です。

1日6時間の点滴と安静が治療。


はてさて・・・・。
あの爺さんが、大人しく入院していてくれるかが
一番の心配です(;´・Д・)



病室に入ると、私を見ていきなり

「なんや?? 誰おぶって来たんや?? そらか??」
*そら=曾孫のことね。


・・・って言うんです。

もちろん、そらをおんぶなんかして来てないし・・・


(;`・エ・´ノ)ノェェエエエエ工
私の後ろに誰か憑いて来てますのんかぃ???


「そらなんか来てないで」と言うと、今度は


「ほーか? ほんなら天か??」


ぃゃぃゃぃゃぃゃ((( ;゚Д゚)))ブルブル
「私だけやんか」と言ってもまだ


「そーか、ほんなら猿か!!」




・・・・・・・・・(´-д-`)

猿おぶって病院入るやつ、おらんやろぉぉぉ(笑)



で、なんでそんなにひつこく言うんかと思ったら
これ↓
k1294495676.jpg 
このフードに付いてるファーを見てそう言ってたみたい(笑)

じーじには、このフードが曾孫の髪の毛に見えたり
天の毛に見えたり
最後には「猿」やと思ったらしい( ゚艸゚)・;'.、ブッ


認知症の人の発想ってすごいよね。


とにかく、お家が大好きな父ですから
2週間・・・なんとか我慢しててくれたらいいんですがね。

点滴で菌をやっつけて安静にしてるのが一番
なんやけど・・・。

早速、点滴の管を引き抜いてオイタしてはりましたからねщ(O言Oщ)

看護師さん・・・ご迷惑をおかけしますが
何卒、よろしゅうたのんます。





けど、私らでも見間違いって・・・・あるよね  |ョω・)ジィー





  o0130001511227227431.gif
     

続きを読む »

さかのぼる事、3日前。


実は、さかのぼる事3日前。
1月27日、めでたく旦那チャンの

o0050005011648760380.gifo0050005011648760376.gif 歳、お誕生日でした(≧▽≦ノノ゙☆パチパチパチパチ

後厄、オワターーーー(*_ _)人


o0100013111636467545.gif 
o0200003111637991514.gif 

で。年々「誕生日ケーキ」が簡素化されますもんで
写真は、ありません・・・

その分、天に慰めてもらったのかな?!
IMGP0739.jpg 

そんな我が家の旦那ちゃん。


実は、昨年末なにげに健康診断してもらった
検尿の検査にちと、白血球の数値が多くて

その場で抗生剤はもらって2週間、飲んだはったんですが

さりとて。
その後、その薬で完治したんか(°Д°;≡°Д°;)って
私が気になりだして、今朝
近所の『泌尿器科』受診を勧めたんですよ。



am9:30から診察してくれるとのことなので
朝一番に行ったものの・・・

予約の患者さんの多いこと。('∀';)

なんと!! 
診察室に入れたのがpm12:30・・・・
会計済ませたら1時て・・・・


o0165002011069865136.gif 

どんだけ、みんな泌尿器弱ってんの??
混みすぎやろーーーー(°Д°;≡°Д°;)



3時間以上もかかってしまって、ぐったりな旦那チャン。
o0163002011257703610.gif 

ですよね。



でもね、待った甲斐あって検査の結果は異常なし( ̄∀ ̄)b

早目の抗生剤投与が効いたんですねって。

ほんま、良かったですよ。


年齢と共にね。
あちこち、ガタが来ますからね。

メンテナンスは、必須となりますものね。


何はともあれ、健康に留意しませんとね。
こうして、お互い支え合って元気で居られることに
感謝しつつ・・・・(*_ _)人



お誕生日、おめでとうさんでした♥


どうか叱らないで、どうぞ寄り添って。

t02200183_0240020011521964881.jpg 

老いていく親から子供へ書かれた「手紙」


この歌詞は実はポルトガル語で書かれた作者不詳のものを、
樋口了一さんが見つけ、それを日本語に訳して曲をつけたものだそうです。

親の介護というのは、どこの国でもやはり人生の大きな問題なのだ
と思うと同時に、異国で作られたと思えない内容に驚きました。

介護する側ではなく、される側の気持ちは
認知が進行すればするほど、私たちの耳に心に
届きにくくなります。

この「手紙」は、そんな私たちにヒントをくれるものかも
知れません。

また、いつかは自分も避けては通れない道でもあります。

生まれてきてから死ぬまで。
みんな誰かの世話にならずには、生きていけません。
人生の最後。

自分を・・・・自分が愛した人をこの世に送り出してくれた
両親に最後だけでも寄り添って
どんなに「まとも」じゃなくなっても
ただ傍で頷き、微笑み、手を差し伸べて
少しの時間だけでも、安心させてあげたい。

そう気付かせてもらった「詩」です。


o0176001611636467540_20111212171903.gif


手紙
~親愛なる子供達へ~


年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい

私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結果をどうか さえぎらずにうなずいて欲しい

あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい

楽しいひと時に 私が思わず下着をぬらしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい

あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂にはいった懐かしい日のことを

悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がる事すら出来なくなったなら

あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど

私を理解して支えてくれる心だけ持っていて欲しい
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです

あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き合って欲しい

あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい

私の子供達へ
愛する子供達へ

元作詞:不詳

樋口了一さんが歌う「手紙~親愛なる子供達へ~」



t01760144_0176014411610974121_20111212164157.jpg 
o0130005011559034048.gif
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。